ハキダメ記

読んだ本の感想や自作詩など

こんな本だった

「回勅 人間のあがない主」教皇ヨハネ・パウロ二世著 はこんな本だった

【ザックリとしたまとめ】ヨハネ・パウロ二世最初の回勅。キリスト教にとっての「自由」とは、一般的解釈である「奔放」を意味しない。キリスト教の「自由」とは、キリストに近づく「自由」であり、それは「犠牲」と「奉仕」を伴うものである。また、キリス…

「神の恵みと人間 自然と恩恵についての小カテキスム」アンリ・ド・リュバック著 はこんな本だった

【ザックリとしたまとめ】「受肉の秘儀」によって、創造主と被造物の《完全な一致》が成就した。けれど、この《完全な一致》は、被造物が創造主によって強制されることではない。「神の業」によって成就した《完全な一致》は、強制ではなく、自由なる《変容…

「ドストエフスキー 二重性から単一性へ」ルネ・ジラール著 はこんな本だった

【ザックリとしたまとめ】ドストエフスキーは「自尊心」を克服していった作家である。そんな彼は《偶像崇拝》ともたたかった。「人間のつくりだしたもの」に《絶対性》を付与し、それを崇めるとき、それは《偶像崇拝》となる。そして、デカルト以来、私たち…

「異端者の群れ」G・K・チェスタトン著 はこんな本だった【その10】「マッケイブ氏と崇高なる軽薄について」「スラム小説家とスラム街」

【ザックリとしたまとめ】1、厳粛だけがまじめなのではない。まじめに冗談をぶちのめすことだってある。そしてチェスタトンは言う、「思慮のない謹厳」こそが本当の不まじめ、本当の軽薄なのだ、と。2、民主主義は庶民に対する「敬意」を基盤とするものであ…

「異端者の群れ」G・K・チェスタトン著 はこんな本だった【その9】「ある現代作家と家族制度について」

【ザックリとしたまとめ】チェスタトンは「ある現代作家」に批判されている「家族制度」を擁護するのだが、その擁護が一風変わっていて、家族は平和でもなく楽しくもなく一致もないからスバラシイものなのだという。「家族」という気心の合わない人たちがい…

「異端者の群れ」G・K・チェスタトン著 はこんな本だった【その8】「異教とロウズ・ディキンソン氏」

【ザックリとしたまとめ】「異教」は合理的で理性的な宗教である。そんな異教における徳は「正義」と「節制」。この二つの徳は己の「理性」と「誇り」を拠り所とする徳である。「異教」と「キリスト教」の違いはココにあって、「キリスト教」は己を拠り所と…

「異端者の群れ」G・K・チェスタトン著 はこんな本だった【その7】「サンダルと単純性について」

【ザックリとしたまとめ】ちまたに流行るのは「なにを食べたらいいか」とか「なにを着たらいいか」とか言ったことで人生をシンプルにしようとしている人たち。それにチェスタトンは反発する。キリスト教のシンプルさは「ただ神の国を求めること」の一点にあ…

「異端者の群れ」G・K・チェスタトン著 はこんな本だった【その6】「ジョージ・ムア氏の移り気」

【ザックリとしたまとめ】今回は「九 ジョージ・ムア氏の移り気」のまとめ。ムア氏はアイルランド出身の作家で、カトリクがメッチャ嫌いらしい。で、本章でチェスタトンはムア氏を俎上にあげ、その「傲慢」を批判しているのであるが、チェスタトンによれば、…

「異端者の群れ」G・K・チェスタトン著 はこんな本だった【その5】「ウェルズ氏と巨人」

【ザックリとしたまとめ】今回俎上にのせられているのは「タイムマシン」等でお馴染みのH・G・ウェルズ氏。本章では、まずキリスト教における「謙遜」が貪欲なものであることが述べられている。「謙遜」と「貪欲」、この二つのものは水と油のように合わなさ…

「異端者の群れ」G・K・チェスタトン著 はこんな本だった【その4】「バーナード・ショー氏」

【ザックリとしたまとめ】バーナード・ショー氏は、確固たる信念を持っているが、その信念には「理想(神)」が欠けている。その理由は、彼が「理想(神)」を「抑圧」の原因と看做しているからだ。しかし、そんなショー氏も「超人」という彼独自の「理想」…

「異端者の群れ」G・K・チェスタトン著 はこんな本だった【その3】「ラドヤード・キプリング氏と世界の矮小化について」

【ザックリとしたまとめ】キプリング氏が「軍国主義」にひきつけられたのは、軍人の「勇気」にではなく、軍隊の「規律」のため。騎士道が好きなチェスタトンはそこを批判する。また、キプリング氏の「愛国心」も、ただイギリスの「強さ」にホルホルしている…

「異端者の群れ」G・K・チェスタトン著 はこんな本だった【その2】「否定的精神について」

【ザックリとしたまとめ】今回は第二章「否定的精神について」を取り上げる。現代社会の雰囲気は「悪の確かさ」と「善の曖昧さ」である。そんな現代の「道徳」とは「悪」の除去を意味しているのだが、チェスタトンはこれに反抗する。チェスタトンの「道徳」…

「異端者の群れ」G・K・チェスタトン著 はこんな本だった【その1】

【ザックリとしたまとめ】 今回からチェスタトンの『異端者の群れ』を取り上げるヨ よく聞くのは「宗教やっている人って偏屈よね」って言葉 けれど、チェスタトンは「実生活でいちばん偏屈なのは、ぜんぜん信念を持っていない人である」って言うの で、偏屈…

「ナザレのイエス プロローグ:降誕」名誉教皇ベネディクト16世ヨゼフ・ラツィンガー著 はこんな本だった

【ザックリとしたまとめ】天使ガブリエルは、マリアに「喜びなさい(ヒャイレ)」と挨拶した。この「喜び(ヒャイレ)」は旧約聖書から来た言葉だという。このように、旧約聖書と新約聖書の二冊は、合わせて読むとより深く理解することができる。 イエスは、…

「ナザレのイエスⅡ:十字架と復活」名誉教皇ベネディクト16世ヨゼフ・ラツィンガー著 はこんな本だった

【ザックリとしたまとめ】イエスは民衆が望んだようなメシア、つまり「外からの強制力」によって世の苦しみを取り除くメシアではなかったが、十字架の苦しみによってわたしたちに「内側に宿る愛」を残した。彼はそういうメシアであった。 西暦70年にエルサレ…

「ナザレのイエス」ベネディクト16世ヨゼフ・ラツィンガー著 はこんな本だった(2/2)

【ざっくりとしたまとめ】「第4章 山上の説教」は極めて興味深い章であった。本章にはユダヤ教のラビ《ヤーコブ・ノイスナー》氏が出てくる。彼の発想が非常に興味深かった。ユダヤの人々によって「モーセのトーラー」は神から与えられた「法」であった。そ…

「ナザレのイエス」ベネディクト16世著 はこんな本だった(1/2)

【ざっくりとしたまとめ】「ナザレのイエス」シリーズは、前教皇ベネディクト16世が書き著した「全3巻」からなる書である。 本記事では「メシア」と「回心」についてまとめてみた。 「メシア」:私たちが求めるメシアとイエスが示したメシアは異なっている。…

「甘え・病い・信仰」土居健郎著 はこんな本だった

【ザックリとしたマトメ】「甘え」は他者を必要とする。その他者との間に「信頼関係」がある時、人は安んじて「甘え」ることができる。それは同時に「愛」を知ることである。人は「甘え」を通して他者から愛を学ぶ。これは人と神との間にも言える。人は神に…

「それでもやっぱり日本人になりたい」W・A・グロータース著 はこんな本だった

【ザックリとしたまとめ】本書には、カトリック司祭のテイヤール・ド・シャルダンが登場する。著者のグロータース氏はカトリックの神父で同時に「方言」を研究する言語学者である。彼は、日本軍が占領する中国に赴任するが、そこでイエズス会士で古生物学者…

「回勅 真理に根ざした愛」ベネディクト十六世著 はこんな本だった

【ザックリとしたまとめ】 すべての人に及ぶ「全人的発展」こそが、教会のめざす「真の発展」であり、この「真の発展」を果たすためには「真理に根ざした愛」という「神」に向かう姿勢が必要となる。真理に根ざした愛作者:教皇ベネディクト十六世発売日: 201…

「ポプロールム・プログレシオ −諸民族の進歩推進について−」パウロ六世著 はこんな本だった

【ザックリとしたまとめ】 真の「進歩」とは、「全人的な発展」のことである。 そして、真の「進歩」は、「物質的な発展」だけでは不十分であり、「人間的な発展」をも伴っていなければならない。 そして、この真の「進歩」を果たすには、過度な「自由競争」…

「信仰と未来」ヨゼフ・ラツィンガー著 はこんな本だった

キリスト教の「神学的思考」と現代科学の「実証的知識」は、噛み合わず分裂してしまっているが、それはそれぞれの思考の対象が異なっているからである。なので「実証的思考」がいかに素晴らしいものであっても「神学的思考」の代替とはならない。 また、「神…

「おそれとおののき」キルケゴール著 はこんな本だった

キルケゴールの「おそれとおののき」を図説付きで解説。 アブラハムは、神から祝福を受け、子孫の繁栄と豊穣な土地を約束される。けれども神はアブラハムに息子イサクをささげることを要求する。「信仰の騎士」アブラハムは、その要求に従って息子イサクを殺…

「反復」キルケゴール著 はこんな本だった

ものの捉え方には「追憶」と「反復」の二種がある。 「追憶」は、人の世を「観察者」として生きることである。 「反復」は、人が「当事者」として生まれ変わり、人の世を生きることである。 そして「反復」は、『ヨブ記』のヨブが見舞われたように、苦しみと…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」ダライ・ラマ14世著 はこんな本だった

本書において、ダライ・ラマは「世俗的な倫理(宗教に立脚しない倫理)」を提唱している。 この新しい倫理は、「価値観」のような外から押しつけるような性質のものではない。 ダライ・ラマが提唱する「世俗的な倫理」とは、人間が生来的にもっている「内な…

「悪について」エーリッヒ・フロム著 はこんな本だった

本書において、著者のエーリッヒ・フロムは、悪の真髄を「衰退のシンドローム」と銘打ち、それはネクロフィリア(死への愛)、悪性のナルシシズム、近親相姦的共生の三要素から構成されていると述べている。 そしてこの「衰退のシンドローム」と対抗するもの…

「回勅 信仰の光」教皇フランシスコ著 はこんな本だった

現代社会では、「信仰」なるものは、弱者のすがるもの、科学的探求の邪魔ものとみなされている。 けれども、「自己中心」的な状態から解放されるためにも、またその他のためにも、「信仰」ってものは大切なのだよ、というのが本回勅の主張である。 個人的に…

「回勅 希望による救い」ベネディクト十六世著 はこんな本だった

今回取り上げた回勅のテーマは「希望」です。 キリストが十字架上の死によって人間にもたらした「希望」。それは、人々が望んでいたような「外的な社会構造の変化」によるあがないではなく、「人間の内側からの変化」によるあがないであったのだという。 ま…

「回勅 神は愛」教皇ベネディクト十六世著 はこんな本だった

「回勅」とは、ローマ教皇が書いて、カトリックの信者たちが読む書簡のことである。 本回勅では、人をキリスト信者にするのは「神の愛」との《出会い》であることが述べられており、また、人が人を、そしてなにより神を愛するようになるには、まず愛されると…

「不安のしずめ方」加藤諦三著 はこんな本だった

本書は、「不安」に立ち向かう方法を解説した本である。 人は「不安」と向き合わないことによって「不安」を解消しようとするのだという。 しかし、「不安」をしずめるためには「不安」に立ち向かわなければならないのだというのである。 不安のしずめ方―人…