ハキダメ記

読書録(主にキリスト教関連)

「【中東大混迷を解く】シーア派とスンニ派」池内恵著

 「イスラム教」というものを少しでも理解したくて買った本である。

 著者の池内恵氏を知ったのは、渡辺京二氏の本、『さらば、政治よ 旅の仲間へ』(晶文社刊)によってである。
 その本では、池内氏の『イスラム国の衝撃』が紹介されていた。たしかに、イスラム国の台頭は、衝撃的であった。
 それで興味を持って読んでみたら、とても面白かった(小並感)ので、今回、『シーア派スンニ派』を買ってみた次第である。


「【中東大混迷を解く】シーア派スンニ派池内恵著 新潮選書 2018年5月25日初版



 池内氏の「イスラム教」に対する語り口は、日本の論壇でありがちな「情緒的」なものではない。

 「情緒的」な論者は、イスラム教徒と「同一化」して論じているように思われる。

 一方で池内氏は、イスラム教徒と「同一化」することはない。池内氏は、一貫してイスラム教徒を「他人」として接しているように思われる。

彼らは却って被害者と同一化してしまうのである。
(略)
かくして彼らは自らも被害者となって、被害者を見過す人々を詛ったり、あるいはもっと積極的に加害者を攻撃するようになる。
『「甘え」の構造』(p.266)

 これは前回取り上げた『「甘え」の構造』からの抜粋であるが、「情緒的」な論者は、「同一化」することを通して、イスラム教徒に「甘え」ているだけのように思われて仕方がない。

 前回述べたように、「甘え」自体は悪いものではない
 ボクも甘えたい......「赤ちゃんプレイ」がしたいほど甘えたいっ(切実)。

 が、しかし、相手と「同一化」することによって、相手を「理解した気」になるのであれば、それは「たちの悪い」甘えだと思う(キリッ)。
 ...「赤ちゃんプレイ」を欲するのもよっぽどだが(嘆息)。

 相手を理解するには、相手を自分とは異なる「他者」として接するという、《理性》の面も必須になってくると思うのである。
 「同一化」を目的とする《情》だけでは不十分なのねん。

 と、以上のことから、池内氏の書いた本は、イスラム教を理解する上で非常に参考になるのではないかっっっ(上から目線)。

スンニ派」と「シーア派」の違い

スンニ派シーア派の分離は、予言者ムハンマドの後継者問題をめぐって生じた紛争に由来している。端的に言えば、スンニ派は、予言者ムハンマドの死後に、歴史上に実際に行われた権力継承の過程を、全面的に肯定する立場である。これはすなわち政治的な「主流派」だったと形容していいかもしれない。それに対してシーア派は、実際に行われた権力継承の過程の大部分を否定する「反主流派」の政治的立場が元になっている。(p.57)

 このように、ムハンマドの後継者は誰なのじゃっ!」という問題から、「スンニ派」と「シーア派」は分かれたのである。

 彼らは、「教義」の違いが「原因」で分かれたのではない。そうではなく、後継者争いで分かれた「結果」として、分かれた「後」に、次第に「教義」に違いが生じていったのである。

 

「政治的」覇権争いとしての「宗派対立」

 「中東の紛争の原因は《宗派対立》にありっ!」と言われているが、「宗派対立」の争点の多くは、「政治的・戦略的・経済的」なものであり、「教義」に代表されるような「宗教的」なものではないと言う。

 そして、こちらも争いが起こった「結果」として、争いが起こった「後」に、次第に「宗派」の力を利用して、自分たちのコミュニティの結束を強化しようとしているのである。

現在の中東国際政治は、サウジアラビアイランの間の、ペルシア湾を挟んだ地域大国同士の覇権争いを軸としている。
(略)
陣営が形成された後で、あるいは陣営を形成しようとする過程で、宗派のつながりが強調され、利用されるのである。(p.36)

 「教義」が原因で紛争が起きているのではなく、「利害」が原因で紛争が起きており、それが「宗派」を巻き込んでいくようである。

 こうした争いの中から生まれたものが「非国家主体」である。
 その一つは、スンニ派」の非国家主体、「イスラーム国」である。
 もう一つは、シーア派」の非国家主体、「シーア派の弧」である。

 血族や部族、民族、そして宗派へのつながりは、再強化されて、国民社会を内部から分裂させる。しかしそれは状況次第で主権国家の国境を横断する新たな結束をもたらす。イラクとシリアの国境を横断する地域に、スンニ派イスラーム主義を掲げた「イスラーム国」は一時支配領域を築いた。イランはシーア派のネットワークを基盤にイラクからシリアを通じレバノンに至る勢力を確保している。
(略)
国境を横断し、国際的な支援を受けた非国家主体が様々に存立する状況において、内戦と地域紛争、正当な国内の主体の活動と不当な国外からの介入との間を分ける線は、不分明を極める。
 少なくとも当面の間は、このような「まだら状の秩序」を、中東の新たな現実として認めざるを得ないのではないだろうか。(p.135)

 食堂の日替わり定食のように、中東の勢力図は、毎日変わっていくようなので、ざっと眺めただけで理解した気になっていたらアカンようである。


 このほかにも、世界に衝撃を与えた「イラン革命」や、宗派対立を激化させる結果となった「イラク戦争」、混迷続く「レバノン」や、「アラブの春」についてもいろいろと述べられており、面白いので、是非読んでみてくださいっっっ!


おしまいっ......バブー

さらば、政治よ: 旅の仲間へ

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