「人間と永遠」G・K・チェスタトン著 はこんな本だった
このG・K・チェスタトンの「人間と永遠」は、H・G・ウェルズの『世界史概観』に対する反論として著された本である。
H・G・ウェルズは、「人間の完成」を未知の未来に見いだしていたが、キリスト教徒であるチェスタトンは、「人間の完成」をキリスト教の伝統に従って、神の永遠の中に見いだしていたのである。
- 作者: G.K.チェスタトン,別宮貞徳
- 出版社/メーカー: 春秋社
- 発売日: 1973/01
- メディア: 単行本
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H・G・ウェルズの『世界史概観』に対する反論として
本書は、H・G・ウェルズのベストセラー『世界史概観』に対する反論として著された書である(『世界史概観』は岩波新書から上下巻で発行されている)。
『世界史概観』は、ダーウィンの進化論のような「科学」を基にして描かれた「人間の歴史」の書であるそうな。
『世界史概観』が出版された当時のヨーロッパは、第一次世界大戦のあとということもあり「悲観主義」に覆われていたという。
それ故に、H・G・ウェルズは、この『世界史概観』によって、人間が下等な状態から「進化」してきたという歴史を示し、それによって「すべての人がもはや戦争の余地などない理想の科学の国に一体となる、輝かしい未来への希望を持つように励ましたのである。(p.397-398)」
しかし、この書は、人間の進化の過程にある「ミッシングリンク」の部分を「空想」によって補うという「空想科学」の書でもあったのである。
チェスタトンは、こうしたH・G・ウェルズの空想と科学がゴッチャになった「人間の歴史」に反発したのである。
チェスタトンは言う。
H・G・ウェルズの「空想科学」の進化論にあるのは、進化の「必然」でしかなく、成長の「冒険」がない、と。
また、H・G・ウェルズが描き出した「完成された未来人」には、個人の「自由意志」がない、と。
そしてさらに、空想と科学をゴッチャにした「空想科学」で、「未来」を、なにより「人間の歴史」を描いてはならないのだ、と。
異教文明の中で花開いた「神話」と「哲学」
異教文明の特徴は「神話」と「哲学」にある、とチェスタトンは言う。
異教文明の宗教である「神話」は「ただ想像力のみをもって神の実在に達しようとする試み(p.150)」であり、それは理性の産物である「哲学」とは、全く別個のものであったという。
これらの文明の中でもっとも理性的な文明でも、理性が宗教とは切り離されているということは、あらゆる歴史を見る上で非常に重要な点である。
「人間と神話」(p.150)
そして、「キリスト教」こそが、それぞれ別個のものであった「理性(哲学)」と「宗教(神話)」とを結びつけたものである、とチェスタトンは言う。
日本人の「宗教」に関するイメージは、日本固有の宗教は「情緒的な宗教」であり、西洋からやってきた宗教は「教義に凝り固まった宗教」といったイメージではなかろうか。
こうしてみてみると、たしかに「神道」などの日本固有の宗教は「理性」とは切り離されているもののように思われる。
また、日本人の「宗教」に関するイメージのなかに、日本の多神教は「寛容」な宗教であり、外国の一神教は「偏狭」な宗教である、というものもある。
そして、本書を読んでいると、日本の多神教が「寛容」であるのは、それが「理性」と切り離された「情緒」的なものであるから、と思えてくるのである。
この多神教における情緒的な「寛容」について、チェスタトンは次のように述べている。
異教の人々は「よその神さまもうちの神さまも同じく結構なものだと言うのは、鷹揚でひらけていると(p.127)」考えていたようだが、と。
ところが、こういう大らかな思想のために失われたのは、一番大きな思想だった。全世界を一つにするのは、父という観念であり、その逆もまた真である。
「神と比較宗教論」(p.127)
「鷹揚でひらけている」ことを自負していた異教の世界では、神というものをなんでもかんでも受け入れ取り込んでしまった結果、「神という観念」がアイマイなものになってしまったようなのである。
また本書には、この「鷹揚でひらけている」異教の人びとから、「遅れた未開人」と見なされていた民族がいたということも記されている。
そして、この未開人と見なされていた「閉鎖的」な民族こそ、「神という観念」を守り通したのだというのである。
しかし、この迷信深い未開人は、哲学の考えている宇宙的力、いやそれどころか科学の考えているそれに似たものを保存していたのである。
洗練に欠ける反動が、先見に満ちた進歩であったというこのパラドックスは、一つの重大な点を明らかにしてくれる。
「神と比較宗教論」(p.127)
キリスト教の時代
「閉鎖的」な民族を尻目に、異教世界は洗練され、繁栄を極めていった。
しかし、この爛熟した世界は、次第に「退廃」的になっていったという。
チェスタトンは言う。
キリスト教は、何にもまして、文明時代の産物、おそらくは過剰文明時代の産物だった。
「異端者の証言」(p.301-302)
初代教会は、ローマ帝国の「退廃」のただ中に現れたのだという。
そして、キリスト教信仰が初めてこの世に現れた時、教会は「東方由来の神秘思想を持つ宗派」のむれに囲まれていたのだ、とチェスタトンは言う。
神秘家マネスから出たと想像されるものはマニ教と呼ばれ、それと類似の宗教は、広くグノーシス派という名前で通っていた。おおむね、迷宮のように複雑だが、その眼目は悲観主義で、ほとんどどれも何らかの形で世界の創造を悪の霊の働きと見ていた。
「異端者の証言」(p.312)
そして、教会はこれらの勢力と戦ったのだという。
チェスタトンの論のおもしろいところは、初代教会が「教義の明確さ」と「排他性」とによって、教会の「個性」を守った、と見なすところにある。
実際、初代教会は、悲観主義者を断罪し、また人生を悪だとする者を断罪することによって、「東方由来の神秘思想を持つ宗派」との違いを明確にし、それによって教会の「個性」を守ったのである。
そして、初代教会が、異教の影響から守ろうとしたのは、次のようなものだとチェスタトンは言うのである。
原始カトリックが特に次の点を明らかにしようとしていることがはっきりした。
それはカトリックは、人間をまったく劣悪なものとは考えない、人生を救い難いほど悲惨なものとは考えない、結婚を罪であるとも生殖を悲劇であるとも考えない、ということである。
「異端者の証言」(p.313)
これは、「人間」の場合でも同じことが言えると思う。
つまり、「自己」というものを確立するためには、「拒否」もまた必要だということである。
なんでもかでも受け入れてしまうような「寛容」では、自己すら確立できず、没個性な人間になってしまうとブログ主は感じているので、「きびしい定義とはげしい拒否によって(p.314)」個性を保ったとするチェスタトンの視点はおもしろいと思ったのである。
そして、何でも受け入れてしまうような情緒的な寛容ではなく、相手と距離を保ちながらも相手を理解しようとする寛容もまた存在すると思う。
また、世間一般では、キリスト教の教義は「不寛容」なものだという意見が多い。
しかし、チェスタトンは、教義は「寛容」なものだと言う。
その証拠は、教義の中に記されている「自由意志」なんだそうな。
自分の自由を肯定するために、超絶的な教理を肯定しなければならないのは、条理にかなっている。
「異教からの脱出」(p.336)
ブログ主が思うに、これは人間がそれに向かって育っていく「目標」、「全き善」という「目標」があってこそ、人間は「自由」に育ち、「個性」を開花させることできる、ということを指すのであろう。
つまり、チェスタトン流の「自由」とは、「目標がない」もしくは「目標なんてドコでもいい」ということではないのである。
さらにチェスタトンは言う。
「人間の一生は物語、冒険の物語である。(p.343)」と。
この冒険物語の中で、主人公はあらゆる試練を乗り越えていかなければならない。「自由意志」を働かせて「目標」へ到達しなければならないのである。
そこには目標があり、その目標をねらうのが人間のつとめである。したがってわれわれのほうは、彼がその目標に果たして命中させられるかどうかを見つめているということになる。
「異教からの脱出」(p.343)
そして、この「目標」は、「上から与えられるヴィジョン」つまり「啓示」でなければならなかった、というのがチェスタトンである。
そして、「目標」が「上から与えられるヴィジョン」であるからこそ、キリスト教は「神話」と「哲学」の双方を結びつけることができたのだという。
さいごに
本書は、チェスタトンお得意の「逆説」にあふれているので、《キリスト教徒なら》凝り固まったアタマをリフレッシュすることができる、という良書である。
けれども、ブログ主には、ちょっと合わなかった。
語られている内容が「難しい」ということもあるが、読みながら一番引っかかったのは、チェスタトンの「他宗教に向けられる姿勢」なのである。
本書が書かれたのが、「第二バチカン公会議」前ということもあってか、「カトリックこそが崇高で、他の宗教はカス」といったニュアンスが感じられたのである。
キリスト教と他の宗教の「違いを明確にすること」は重要なことだと思うが、その違いを優劣に置き換えてしまってはいけないと思ったのである。
- 作者: H.G.ウェルズ,長谷部文雄,阿部知二
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1966/06/20
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