ハキダメ記

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「韓国 現地からの報告」伊東順子著 を買った

【ザックリとしたまとめ】
韓国および韓国人の「素の姿」が見えてくるような新書。本書によれば、著者が現地で見た韓国と、日本のメディア(特にテレビ)で伝えられる韓国の間には「ズレ」があるという。

韓国 現地からの報告 (ちくま新書)

韓国 現地からの報告 (ちくま新書)

「韓国 現地からの報告 −セウォル号事件から文在寅政権まで」伊東順子著 ちくま新書 2020年3月10日初版

 本書は、『WEBRONZA』に連載されたいた記事をメインに、書き下ろしも加えて再構成された書である。

 著者の伊東順子氏は、韓国が民主化したてホヤホヤの90年代から移り住み、現地で活躍されてきたお方である。

 そして本書は、韓国および韓国人の「素の姿」というものが、伊東氏の「飾らない語り口」によって垣間見ることのできるような本であった。

 そもそも伊東氏が本記事を書いたきっかけは、日本と韓国を行き来するうちに「日韓の認識のズレ」が気になったからだという。

 韓国の「素の姿」を伝えることによって、この「ズレ」を多少なりとも解消しようというのが本書の目的なのであろう。


 「日韓の認識のズレ」の一例として、今回は本書の中から「セウォル号事件」のことを取り上げてみたいと思う。

 この「セウォル号事件」は日本でもテレビ等で大々的に取り上げられていたが、日本のメディアではド派手に騒ぐ韓国人の姿ばかりが伝えられていたことは記憶に新しい。

 けれども、実際に伊東氏が見ていた韓国の人々は「常に寡黙だった」という。

 メディアでは過激なデモや警察の弾圧の様子ばかりがクローズアップされ、「韓国人はなんで静かに追悼できないんですか」と言う人までいた。
 でも、この一年間、韓国の人はとても寡黙だったのだ。
(略)
 メディアの行く先々は常に怒号や叫びにあふれていたかもしれないが、一般市民の取り組みはそれとは正反対だった。
「第1章 不信−−セウォル号事件2014〜15」(p.51-52)

 メディアは、視聴者に「わかりやすい」ように、インパクトのある映像を使用しがちである。
 また、この「わかりやすさ」は、明快でスッキリしているので、「ウケ」がいいようである。
 けれども、この「わかりやすさ」が、伊東氏が指摘しているような「ズレ」を生むのだと思う。

 前回取り上げたハンナ・アーレントは、「わかりやすさ」というものに懸念を抱いていた思想家であった。

 前回の『今こそアーレントを読み直す』の序文には次のような記述があった。

しかし、そうした“政治”のための「分かりやすさ」に慣れすぎると、“我々”一人一人の思考が次第に単純化していき、複雑な事態を複雑なままに捉えることができなくなる。
『今こそアーレントを読み直す(仲正昌樹著)』講談社現代新書(p.13)

 このように「わかりやすさ」とは、ものごとを単純視することであり、それはものごとに対するさまざまな視点を犠牲にして成り立つものなのである。
 

 そして、本書に関連させて言えば、隣国の「わかりやすい」姿というものは、その国、その人の本来の姿、つまり「素の姿」からはほど遠いものであると思われる。

 人の「素の姿」を見るには、腰を据えた落ち着いた態度でもって見なければならないのだと思う。
 「わかりやすさ」を求める浮き足だった態度では、「素の姿」は見えてこないと思うのである。


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